子どもの「影響力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-6.影響力の種まき) by 秋月 秀一 on 01-03-2010

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第3章の6

ブルーベリーは、2種類を近くに植える。

〜「影響力の種まき」


家庭の果樹として人気が高いのがブルーベリーです。春に白い花が咲き、初夏には甘く熟した実を収穫し、そして秋には紅葉が楽しめます。
ブルーベリーは、違う品種を近くに植えることで受粉が促進されて実つきが良くなります。花粉を運ぶ風や虫たちの影響など、他種の木からの花粉をもらうことで、ブルーベリーの収穫量は増すのです。

幼児期の子どもは、人のマネをして学ぶことが多いものです。子どもにとって自分に影響を与えてくれる人は大切な存在です。また、マネをすることは自己を確立するために必要な過程であると言われます。

娘が5才の夏に「一輪車に乗りたい」と言い出したことがありました。
きっかけは、近所の小学生が練習している様子を見たことでした。私は一輪車の乗った経験がなかったので、上手く教えられる自信がありませんでした。しかし「やって見たい」という子ども意欲を信じて、見守ることにしました。
最初は、まったくダメでした。乗ろうとしてバランスを崩して転ぶたびにハラハラさせらました。「娘にはちょっと、早いのでは?」とか「頭でも打ったら大変だ」と親の方が弱気になったほどです。
しかし、娘は年上の子をマネて、転んでは乗り転んでは乗りを果敢にくり返します。
私はその様子を見た時、「普段は怖がりな子のどこに、こんな力があったのだろう?」と感心しました。
バランスを取るのに手を貸したり、転んだら励ましの声をかけてやるなど一輪車の練習で私にできることは僅かでした。
3週間ほどして上達した娘に「何であんなに一生懸命にできたの?」と聞いてみました。
すると「おねえちゃんみたいになりたかった」と笑顔で答えました。
年上の子が何度も挑戦し、成功した時の憧れが娘の原動力だったのです。

子どもの行動について親が「やる気がない」と嘆くばかりでは、いつまでたっても本人のやる気は湧いてきません。自分自身の内側から意欲が湧いてこなければ上達は望めず、時間の無駄になる場合が少なくありません。
ほかの人からの影響力で、子どもの意欲はかき立てるます。

子どもが人から影響を受けるのは、よい事ばかりではありません。
むしろ、善悪の区別がつきにくい子どもにとっては、悪いことの方が影響を受けやすいといえます。保育園や幼稚園で集団生活をするようになって「子どもの言葉づかいが悪くなった」「態度が悪くなった」という保護者の声は、ごく身近に聞かれます。また、私自身もそれを大いに実感しました。

娘が幼稚園の頃のことです。水田にカエルが顔を出していました。それを見つけた男の子が石を投げ始めました。一緒にいた女の子が「死ねぇ!」と言って石を投げると、すぐに娘も石を手に取って「死ねぇ!」と後に続きました。
子どもにとっては、他愛のないゲームであることは分かっています。また、自分自身の記憶をたどれば、同じようなことをした覚えもあります。それでも、娘の行為は私にとって大きなショックでした。
隣家の犬をかわいがったり、絵本でかわいそうなシーンに心から同情する様子から「生命の尊さ」について知っている優しい子だと思っていたのです。
しかし、実際には違っていました。
娘は「生命の尊さ」を知っているのではなく、それを学んでいる過程にあったのです。

家に帰ってから、その日の出来事を娘と話し合いました。娘は以前に発表会の劇で、101ぴきの子どもたちを外敵から守る「おたまじゃくしのお母さん役」を演じたことがありました。そこで私は、カエル役を演じた時の気持ちを思い出させることから始めました。

【楽育】では、人が子どもに与えている影響がどのようなものかを、しっかりと見極めて行動することが大切であると考えています。
また、子どもの一番近くにいる親が、悪い影響力を凌ぐほどの影響力を子どもに与えてやれる存在であるべきだと思います。
親は偉人やスポーツ選手のように、子どもにとって特別な存在である必要はありません。
子どもと一緒に物事を感じて、考えて、思いを伝えることで影響力の種はまかれます。

これからの人生では、仲間で盛り上がるために「ノリ」を求められることがあります。
時には「悪ノリ」も求められることでしょう。
そんな時、行動する前に一瞬でも立ち止まって考えられる人に育って欲しいと願います。

私たちの影響力の種が、子どもの心の中でたくましく育ち、
悪い影響力から守ってくれるように。

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子どもの「価値観」を育む働きかけ。

Filed Under (3-25.価値観の種まき) by 秋月 秀一 on 19-02-2010

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第3章の25

知らないうちに、種はまかれる。

〜「価値観」の種まき


隣家の庭では、誰も植えた覚えのないユキヤナギが大きく育っています。きっと野鳥が種を運んできたのでしょう。ユキヤナギは早春になると、雪が積もるように白い花をつけます。大きく広がる枝が真っ白な花でいっぱいになると、たいへん見ごたえがあります。
人が気づかないうちにこんな種がまかれ、見事な花に育つことに感心しました。

育児を行いながら自分の幼少期を振り返ると、その頃にまかれた種が、現在の自分の「価値観」として根づいていることに気がつきます。
私の母方の親戚には、お盆や正月に会うと気前よくお小遣いをくれる大人が多くいました。ところが大阪の叔母だけは、何度会っても一度も現金をもらったことがありませんでした。そのかわりにキーホルダーや文具、そして和菓子などをくれたので、いつも私は不満でした。ある時、その叔母がマーガリンのケースを弁当箱にしている様子を見て「お弁当箱が買えないなんて・・・」と、私は叔母に同情しました。
しかし後に、私は母から驚くべき話を聞かされました。
その叔母は、大阪、神戸で大きな海運会社を経営する社長の令嬢だったのです。身近に富豪がいたことよりも、まさかあの人が!という事実に私は驚愕しました。
真実の影響力は、本や映画で見るものとは比べ物にならないインパクトだったのです。
それからは、周囲からケチと言われる叔母の行動を、好意的に見るようになりました。
当時の私は、お金を持てばすぐに使ってしまう浪費家でしたが、時とともにその意識は変わりはじめました。
そして現在から振り返ると「モノやお金では自分を表現できない」という私の価値観は、あの日の驚きを起点に形成を始めたように思います。

私にはもう一人、素晴らしい「価値観」を与えてくれた人がいます。それは、私が就学前に住んでいた家の隣人で頑固なおじさんでした。隣家からは海へ出ることができたので、魚を捕りに行く時は必ずおじさんの庭を横切らねばなりませんでした。ある日、私が庭を歩いていると、おじさんが出てきて「勝手に入るんじゃない!」と厳しく叱られました。大人に叱られた経験が少ない私は、その人の事が苦手になりました。
それからも危険な遊びをしたり挨拶ができない時は、よく叱られて嫌な思いをしました。
そして、小学校へ入学すると同時に家を引っ越すと、やがて頑固おじさんのことも忘れてしまいました。
30年の歳月が流れ、自分の子どもが誕生した頃から、その人のことをふいに思い出すことがあります。子どもを叱るには、たいへんなエネルギーが必要です。ましてや他人の子となると、多少の事なら見て見ぬふりをした方が楽ができるに違いありません。
しかしあの時、頑固なおじさんは、逃げたりせずに私に正面から向き合ってくれました。私を叱ったのではなく、強く守ってくれていたのです。

「価値観」は、何が大切であるのか、何が正しいのか、何を行なうべきなのかなどを判断する自らの基準です。
核家族化や近所との関係が希薄になった現代では、子どもが大人から影響を受ける機会が失われています。両親の「価値観」がそのまま子どもの価値観になることも珍しくありません。
IT社会では、年齢や地域、国を越えて人々がネットワークで結びつきます。そこでは、自らの「価値観」をしっかりと持ったうえで、他人の多様な「価値観」を受け入れて許容することが求められます。
【楽育】では、リアルな体験こそが、人の「価値観」に影響を与えると考えています。
子ども同士で影響し合うことも大事ですが、ほかの大人から学ぶ機会を得ることも幼児期には貴重な体験となります。
他人からの影響力を享受するために、まず様々な人と行動を共にする機会をつくることから始めます。たとえば、親子で参加できるサークルに所属する、友だちの家族と一緒に出かける、実家には人が集う時期に帰省するなど、ちょっと親が意識してやることで子どもが大人と接する機会ができます。
そこで私は、自分の子どもではなく、よその子どもに対して積極的に働きかけるようにします。また、時には自分から注意をしたり助言をすることも心がけています。
そうすることで、相手の親も私の子どもに遠慮なく接することができるようになります。親の間で信頼感ができれば、実の親子では面と向かって話しにくいことも、子どもに伝えてあげることができます。
たとえば「君のことが大事だからこそ、お父さんは○○と言った。お母さんは○○をしたんだよ」という話を、客観的に話して聞かせられます。
子どもにとっては、様々な「価値観」を持つ大人と出会うことで理解が深まり、多様な考え方を学ぶきっかけになります。
そして、そのことが自己を形成する一部になるのです。

私が小学校の頃に教科書で読んで、現在でも覚えている素晴らしい物語があります。
それは、松谷みよ子作の『花いっぱいになあれ』という作品です。

《学校の子どもたちが、ふうせんに花のたねをつけて、飛ばしました。
すると、その一つが子ぎつねのところへ飛んいきました。
風船のことを花だと思った子ぎつねは、それを小さな野原に植えます。
しかし、次の朝には風船はしぼんでおり、子ぎつねはがっかりします。

しばらく雨が続いた後、子ぎつねが再び野原へ行くと
そこには見たこともない芽が出ていました。
それはぐんぐん伸びて、やがて金色のひまわりの花を咲かせました。》

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