10歳までの楽育〜

序章〜はじめに


はじめて庭に花を植えたのは、ある秋のことでした。
ホームセンターで黄色いパンジーの苗を手に取り、レジに並びました。
当時の私は、働いていた公共結婚式場を辞めて、借家を事務所に夫婦で事業を始めたばかりでした。私たちの仕事は、結婚式の印刷物をインターネットから受注することでした。

その頃はまさに暗中模索で、朝から深夜まで休みなく働き続けていました。しかし、数ヶ月後に私は原因不明の病で発熱し、1週間も寝込む羽目になりました。病の床で考えていたのは、私が独立して仕事を始めることに反対していた両親の言葉でした。
当時はパソコンが一般には普及しておらず、インターネットの仕事で成功することなど簡単に想像できませんでした。また、両親が何より心配していたのは、一日中パソコンを相手に働くことで私の人間性が損われるのではないかということでした。
時代に先駆けて始めた仕事でしたが思うように注文は入らず、体調を崩したことによって私は自信を失いかけていました。
「本当に今ままでよいのだろうか?」という疑問は、日ごとに大きくなりました。そして、心の中で何かのバランスが崩れて一方へ傾きかけているように思えてきました。
そんな時に手にしたのが、黄色いパンジーの苗でした。

私は小さな庭の一角にスコップで穴を掘り、苗を植えました。すると、そこにだけスポットライトが当たっているようで、なんだか寂しい感じがしました。
私は再びホームセンターに出かけて行き、同じ苗を4つ買い求めて横一列に植えました。黄色いパンジーが5つ並ぶと、庭は華やかな雰囲気になりました。
しばらくして仕事の合間に庭を見ると、黄色だけでは単調なように感じました。そこで私は白色の花を買い求めました。

翌春になると、小さな庭は色とりどりに咲く花や緑のハーブで溢れていました。
会社員を辞めてから、私の頭の中は仕事一色でした。しかし、本やネットで植物のことを調べるうちに、次第に花や緑のことを考える時間が増えました。
仕事の合間に時間を見つけては庭へ出て花殻を摘み、雑草を抜きました。
庭仕事は私にとって何よりの気分転換になりました。
また、体を動かすことで健康管理を心がけるようになりました。
そして、庭に植える植物の配色やバランスを立体的に考えることは、デザインの仕事にもよい影響を与えました。
小さな庭には、テーブルと椅子を置きました。緑と花に囲まれて考え事をしたり、夫婦でお茶を楽しむ時、私はささやかな幸せを感じました。

小さな庭は、私の価値観に大きな影響を与えるようになりました。
そして、そこから何かを学ぼうとする気持ちが芽生えました。
インターネットビジネスは「スピード志向」が普通です。早くビジネスを立ち上げ、早く優位性を築いたものが勝者になると言われます。
しかし、私が小さな庭から学んだことは「何事も一度にはできない」「結果はすぐに出ない」ということでした。
それからは「仕事を育てる」ことを意識し、実践しました。
すると、私たちの努力は少しづつ実を結び始めました。

開業して4年目の秋が訪れた時のことです。
私は借家の窓際に立ち、遠くの神社を見ていました。そこにはイチョウの木が見事に色づいていました。
神社まで散歩に出かけると、イチョウの木の下に実が落ちていました。自分の庭でも黄葉が楽しめたらと思い、私はそれを家に持ち帰って植えました。
しかし、イチョウの実が芽を出すことはありませんでした。

しばらくして、妻の妊娠が分かりました。
私たちは結婚して8年間もの間、子宝に恵まれず、もう子どものことを半ば諦めていました。ふたりで仕事をがんばり、あるがままの日々を楽しめばいいと思っていたのです。
また、私は子どもが好きではありませんでした。当時の私の目に映っていた子どもたちは、ただ喧しくて面倒な存在でした。

翌年の夏に娘が誕生すると、平穏で単調だった私たちの暮らしは一変しました。生活で「育児」が大きなウエイトを占めるようになったのです。
当時の私は「育児」を妻に任せて、自分は仕事に徹するように分担しようと考えていました。最初は子どもをお風呂に入れることだけが私の仕事でした。しかし、同じ屋根の下で1日の大半を共にするうちに、私は自ら進んで「育児」に手を貸すようになりました。
子どもが夜泣きをしていると、とても仕事をしている気分になれず、2階の寝室へ駆け上がって子どもを寝かしつけました。
どうしてそのようになったのかは、自分でもよく分かりません。子どもが「かわいい」というよりは「自分のことだから」という責任感に近い感覚でした。
私にとって子どもは本当に不思議な存在でした。一緒にいて手をかけるほど、人として自分が試されているような気持ちになるのです。

ある日、私は小さな庭から育児のヒントを得ます。
それは「小さい時に手をかければ、あとは自然に育つ」という教えでした。
子どもが幼い今だからこそ、自分に出来る限りの力をかけるべきだと直感したのです。

それからの私は「仕事」と「庭」と「育児」を関連させて考えるようになりました。
「庭」から「育児」を考えることは、自然を考えること。
「仕事」から「育児」を考えることは、将来を考えること。
そして、子どもを育てることは、自分自身を育てることでした。