10歳までの楽育〜第4章の4

水をやりすぎると、枯れてしまう。

〜「子どもに与え過ぎない習慣」


ガーデニングの失敗でありがちなのは、水のやり過ぎです。土の中の水分が過剰になり、蒸れると根が腐って、植物を枯らします。また、常に水分が土にあると新しい根を出さなくても水分を吸えるために、その環境に甘えてしまうのです。しっかりと根を張らなければ足元はぐらぐらになり、地上部の成育にも悪い影響を与えます。
少し土を乾燥気味にしてやることで、植物は水を求めてしっかり根を伸ばします。

現代の子どもは、6ポケット、7ポケットと言われ、経済的に甘えられる機会が多分にあります。6ポケットは1人の子どもに対して両親と両家の祖父母の計6人の財布が使われることです。7番目のポケットは結婚せずに両親と同居している息子や娘(叔父・叔母)です。近年は晩婚化・パラサイト化などに加え、離婚後に実家で暮らす人も含めるとポケットの数はさらに増えそうです。
実家から離れて暮らす家庭では、祖父母にとって孫と会う時間は特別な意味を持ちます。
娘が2歳の時、実家に帰省して祖父母たちと外食に出かけた時のことです。娘はレストランの座敷で歩き回り、テーブル上にあるものをぐちゃぐちゃして、やりたい放題を始めました。それを見かねた祖父が、息子の私に向かってこう言いました。
「おい、叱れ!」。
孫に嫌われたくないあまり、自分の目の前にいるにもかかわらず叱ることができませんでした。叱るどころか、ご機嫌を取るのに一生懸命です。
久しぶりに会った孫を短時間で喜ばせるのに最も有効な手段は、モノを買い与えてやることです。祖父母は「よしよし」と高価な物でも平気で買って与えます。このような環境では、子どもは簡単に欲しい物を手に入ってしまい、我慢を覚えることができません。
しかし、祖父母にプレゼントをしないように頼むのは困難です。

モノを与えられることに慣れ、簡単に手に入れることによって、モノの価値を見失うこともあります。
古来から私たち日本人は「万物には魂が宿る」と信じて、モノを大事にしてきました。
我が国が「モノづくり」によって発展し豊かになったのは、長く愛される商品を求めた続けたおかげです。
しかし、現代は百円ショップの成功にみられるように、安価なモノを安易に購入するような消費行動が主流となっています。
その結果、モノが余り使い捨てられるようになりました。
そして、使い捨て文化は、地球環境にも悪影響を与えています。

【楽育】では、モノを愛し、大事にすることを習慣にします。
物に恵まれて生活する私たちは、我慢を覚えるために特別な努力をしなければなりません。日常生活で子どもに「欲しいモノが簡単に手に入らない」という状況を意図的に作ってやる必要があります。
子どもの「これ、欲しい!」という欲求には、終わりがありません。そこでわが家では、娘が4歳頃から「いいこちゃんシール」というポイント制を考えて毎日行なっています。
1日の終わりに両親から「今日はよい子だったかな?」と子どもに聞きます。そこで、本人と両親の3人が「よい子だった」という評価であれば、カレンダーに1枚のシールを貼ることが出来ます。シールが10枚貯まると百円、20枚貯まると2百円の予算で好きな物を買ってもらえるというルールです。ただし「悪い子だった」という評価がついた場合は、シール2枚分に×印がついてポイントを失います。

「いいこちゃんシール」を始めると、スーパーなどで娘が「これ買って」とせがむ時も柔軟な対応ができるようになりました。
それまでは「今日はダメ」の一言で終わらせなければならず、子どもに理由もなく要求が受け入れられないストレスを与えていました。
しかし、ポイント制にしてからは「今、シールはいくつになった?」と聞くことで子どもに自分で考えさせています。また「あと○枚頑張ろうね?」と声をかけることで、ネガティブな気持ちにならずに我慢させることができるようになりました。
また「いいこちゃんシール」によって、一日の終わりに自分自身の行いを振り返る習慣ができました。それは良かったことを思い出して自信にすることで、悪い行いを反省する機会になっています。

【楽育】では、欲しい物を我慢する習慣によって、自分の気持ちをコントロールする力を養います。それは、ちょっとしたことで怒ったり落ち込んだりしない「心の安定」をもたらすものです。
「欲しいモノは、すぐに手に入らない。自分の努力によって手に入れる」ということを子どもに教えること。そして、子どもに我慢の機会を作ってやるのは、親だからこそできることだと思います。

私たちの両親は、モノが不足した時代に生まれました。そして、高度成長期、バブル期を経て、現在はモノが余る「デフレ経済」に陥っています。
しかし、モノ余りが永遠に続くことはありません。将来は「インフレ経済」へ転換することになるでしょう。
それは、再びモノが不足する時代の到来を意味します。人の習慣は急に変えることができません。節約の習慣がある人と浪費の習慣がある人には、全く別の人生が待っています。

幼い頃の私は、両親が自分になぜ我慢をさせるのか、全く理解できませんでした。
父親になった今、それがやっと分かるようになった気がします。



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