10歳までの楽育〜第3章の2

種まきの時期は、季節が教えてくれる。

〜「働きかけの時期」


春まきの種は、ソメイヨシノが咲くのを合図にまくものが多くあります。古来から日本では、桜の咲く頃に稲の種をまく習慣がありました。
秋まきは、ヒガンバナが咲く頃からまく種が多くあります。
種まきの時期が早いと、温度が適さずに発芽しません。一方で、種まきの時期が遅いと、成長も遅れるため花を楽しむ時期が短くなります。
種をまく時期は、季節が教えてくれるのです。

【楽育】の種まきにも、ふさわしい時期があります。
そして、その時期は子どもが教えてくれます。
娘が幼稚園の年長組だった時のことです。絵本や友だちに刺激されて、文字を書くことに興味を持ち始めました。
お絵書きをしながら見よう見まねで文字を書く姿を見るたびに、私は「よくがんばってるね」と声をかけてやりました。ほめられるのが嬉しくて、娘はスケッチブックにたくさんの文字を書くようになりました。
ある日、幼稚園の園児たちが共同で作品を制作した時のことです。娘は数人の友だちと一緒に絵や文字を描いていました。すると、おけいこで硬筆を習っている女の子が、何の前触れもなく娘にこう言いいました。
「硬筆を習ってない子は字が汚いから、あっちへ行って!」。
娘は驚いて返す言葉が見つかりませんでした。

その話を聞いた私は、悔しさを感じると同時に「硬筆を学ぶのに、種をまく時期が来た」と思いました。
「練習すれば、きっと字は上手になるよ」と私は娘を励まし、親子で一緒にやってみることにしました。
最初にパソコンで硬筆文字に似た書体を探して、ひらがなで娘の名前を入力すると、灰色で印刷しました。硬筆の練習は、その文字をえどることから始めました。
それから数日は、仲間はずれにされた悔しさが練習のバネになりました。
しかし、時間とともにその気持ちも薄らぎ、やがて同じ練習の繰り返しに、娘の意欲が枯れつつあることに気がつきました。

そこで私は、あえて苦い体験を反復して思い出させるようなことはせず、新しい種をまくことにしました。
楽しく学ぶことを目標にして、娘が好きなものや楽しい言葉を教材にしました。
友だちの名前、おもしろ動物、かわいいキャラクター、ダジャレなど、その日の興味に合った旬の言葉を選んで印刷したのです。
すると娘は、再び硬筆の練習に意欲を持ち、まねて書くことを繰り返しました。

それから半年が経つと、練習の成果が現れてきました。
友だちと手紙の交換をする際に、相手から「硬筆を習っているの?」と聞かれました。
娘が自信を持って文字を書く様子を見ていると、私まで誇らしい気持ちでした。
同時に子どもが自ら伸びようとする時期に種をまいてやれば、しっかりと育つことを実感しました。

働きかけの成果を得たと感じた時から、私は硬筆の教材を用意して娘に練習させることをやめました。継続して学ぶことが子どものためになることは、十分に承知しています。
しかし、私の手には他にもまきたい種が溢れるほどありました。種をまく場所や時期は限られています。よく考えて種を選ばなければ、季節が過ぎ去ってゆくのです。

IT社会になってから、文字を手書きする機会が減りました。手紙からeメールへの移行が進み、オフィスではペーパーレス化が図られています。
昔は「読み、書き、そろばん」と言われていましたが、電卓が普及したことで「そろばん」の重要性は低下しました。今後は音声入力が進歩し、簡単に文字入力ができる機器が開発されて、さらにデジタル化が加速するでしょう。
IT社会において文字を美しく書く技術は、以前ほど重要ではなくなりつつあります。
それゆえに私は、娘の硬筆にまずまずのところで合格点を出し、今後は本人の意識と努力次第ということにしました。

ビジネスでは、自社の得意分野へ経営資源を集中的に投下する戦略のことを「選択と集中」といいます。
「選択と集中」のためには、何かを選び、何かを捨てなければなりません。
【楽育】では、子どもへの働きかけを「短期」と「長期」で考えます。

「短期」での働きかけは、本人がその時期に興味を持って取り組めるテーマ、伸び盛りのテーマを選びます。たとえば、技能学習、記憶学習、知育学習など誰の目にも見える成果が得られるものです。

そして「長期」での働きかけは、物の見方、考え方、感じ方、価値観など、一生涯を通じて大切にして欲しいテーマを選びます。
長期での働きかけは、すぐに成果として現れるのもではありません。
サン=テグジュペリの「星の王子さま」は、こう言いました。
《大切なものは、目に見えない。》

植物を支える根が、地中で着実に伸びゆくように
それは見えないところで、ゆっくりと育まれるものなのです。



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