10歳までの楽育〜第3章の10

コスモスは、強いしなやかさを持つ。

〜「柔軟力の種まき」


秋風に揺られて、見ている人を優しい気持ちにしてくれるコスモス。繊細で弱々しいイメージですが、意外にも雨風に強いたくましさを持っています。少しくらいの風が吹いても柔らかにしなり、めったな事では茎が折れません。
《柳に雪折れなし》という諺にあるように、弱々しく見える柔軟なものが、堅いものよりかえって強いものです。

「柔軟力」は、物事に対して広い視野で臨機応変に対応する力です。
IT社会において激しい環境の変化、めまぐるしい状況の変化に対応するには、柔軟な姿勢が求められます。
たとえば、モーグルスキーの選手がコブ斜面を滑り降りる時、斜面に挑むというよりは、まるでコブを包み込むような柔かさで流れに乗ります。
もし、あのスピードで柔軟さがなければ、一度にバランスを失ってはね飛ばされているでしょう。
雪上で予期せぬ状況に対応するには体が柔軟であるとともに、心も柔軟であることが必要条件です。

学校の帰りに近所の子どもが泣いていました。友だちから何か嫌なことを言われている様子でした。私が近づくと、ほかの子たちはさっと離れていきました。どうやら家に帰りたくない子が、その子を無理に引き止めていたようでした。塾の日は母親から早く帰るように言われていたので、どうしてよいのか分からずに泣いていたのでした。
普段のその子は、積極的で起用に物事をこなすタイプの印象でした。しかし、時には情緒が不安定に思えることがありました。笑っていたと思えば急に怒り出したり、いつも元気で運動が得意なのに、些細な事で泣き出したり。そんな姿を見るたびに「めいっぱい頑張り過ぎていると、いつか心が折れてしまうよ」と思っていました。
一緒に歩いているとその子の気持ちが落ち着いてきたので、いつか一緒に遊んだドッチボールの話題で、私は言いたいことを伝えました。
「いつもきまって相手が投げたボールを受けることはないんだよ。時にはよけないとしんどいよね。こんな時は『明日はプールの日だね?』とか『今日は宿題が大変だね?』とか適当に話をふって、相手がちょっと考える間に「じゃあね!」と言って、さっと別れたらいいんだよ」。

その昔、《男は外に出れば7人の敵がいる》と言われましたが、女性が社会進出を果たした現在では、男女を問わず言えることなのかも知れません。
どんなに強い人でも攻撃を受け続ければ、やがて体力も気力も尽きてしまいます。《柔よく剛を制す。剛よく柔を断つ》と言われるように、様々な状況に臨機応変に対応できることが、自分の身を守ります。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」によると、うつ病患者は全国で92・4万人と6年間で2倍以上に増加しています。また製薬会社ファイザーの調査によると12歳以上のおよそ8人に1人にうつ病、うつ状態にあるとされています。
うつ病になりやすい人の特徴は、真面目、几帳面、責任感が強い人だといいます。
「真面目にしなさい」「きちんとしなさい」「最後までやりなさい」。そんな親の言葉どおりに、よい子に育てられた人は「柔軟力」の芽が伸びず、完璧主義の芽が出ることがあります。そして、完璧にこだわり過ぎると、スピード社会の波に乗ることができません。

ある日突然に心が折れてしまわないように、子どもたちのために何ができるでしょうか。
【楽育】では、心に「あそび」を持たせてやることが大切であると考えています。
車のハンドルには、急な操作による事故を防ぐために「あそび」があります。ほんの少しだけゆとりをもたせることで、操作に柔軟に対応できるように設計されているのです。
心に「あそび」を持たせることは、常に子どもに完璧を求めないということです。
時には子どもの不真面目さを容認してやることが、心に「あそび」を育みます。

わが家で実践していることは、時には子どもの「おふざけ」に付き合うこと。そして、結果だけにこだわらない「ゆるさ」を持つことです。
人を傷つけない、礼儀を重んじる、時間を守るなど、やるべき時にやるべきことをやれば、あとは自由に楽しむことを容認しています。
また、くだらないと思える子どもの話でも、親は興味を持って耳を傾けます。もしも私が「馬鹿馬鹿しい」と言ってしまえば、次第に子どもは親の前で気軽に話すことができなくなってしまうでしょう。
子どもは親にくだらない話を聞いてもらうことで、安心感を得ています。
その安心感が、心にゆとりをもたらすのです。

おふざけをしたり、ばかげたことを口にできる子は、いつも真面目なふるまいを求められる子どもよりも、心にゆとりを持っています。
たとえば、クラスの子から理由もなく「バカ」と言われたとき、心にゆとりのある子は
「なんで?」と相手に聞き返します。
しかし、心にゆとりがない子は、その場でうつむいて固まってしまいます。

「まあまあ、そこそこに、ほどほどに、まずまずと、ぼちぼち、それなりに」。
私は日々の暮らしの中でそんな言葉かけの種をまいています。
いつかそれらが「柔軟力」として開花し、
コスモスのように「優しくしなやかな心」を持つ人に育つように。



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