子どもの「共助力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-13.共助力の種まき) by 秋月 秀一 on 11-03-2010

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第3章の13

風で倒れないように、植物は支え合う。

〜「共助力の種まき」


ほっそりとした茎の先にスカイブルーの美しい花をつける矢車菊を植えてみました。しかし、高台のわが家では、すぐに強風で倒れてしまいました。背が高い植物は風に弱いと言われます。
そこで、同じ背丈の植物の近くに植え変えました。すると、お互いを支え合って倒れにくくなりました。

人と人は支え合いながら生きています。しかし、私たちは現代の日常生活で、そのことを忘れてしまいがちです。
「共助」とは、お互いに助け合うことです。
私が子どもだった頃には、世の中に「甘えるな」という風潮がありました。そのためか「人に甘えることは惨めなこと。人に頼ることは恥ずかしい」という価値観をずっと持っていました。
しかし、社会に出ると会社では上司を頼る人が可愛がられ、得意先を頼る人が信頼され、部下を頼る人が成果を上げていました。
何でも自分一人で考えて解決する姿勢は、効率が悪いばかりか、組織力を低下させることにもなりかねません。
そして家庭では、夫婦や親子がお互いを頼らないという関係は、見えない壁をつくる原因にもなります。人はいちばん近くにいるから、大事だからこそ自分を信じて頼って欲しいと思っているのです。

人に甘えるのではなく、頼ることができる人。
人に甘えさせるのではなく、頼られる人が成功を手にします。
「甘えること」と「頼ること」の違いを、私たちはどうやって子どもたちに伝えれば良いでしょうか?

娘が通っていた保育園の年長組では、通園後に身の回りのことを自分で行ないました。
通園かばんから歯ブラシや弁当、着替えなどを出して所定の位置へ置いてから遊びます。
ある朝、仲良しの子が近づいてくるなり、突然に娘の手から荷物を奪いました。私は何が起こったのかと驚いていると「私がやってあげる!」と言って、娘の代わりに朝の準備を始めました。そして、一人で手際よく済ませると「一緒に遊ぼっ」と娘の手を引きました。早く遊びたい気持ちも、自分がやった方が早いというのも分かりますが、してもらう子の親としてはちょっと困惑しました。
数日後、その子と同じ時間に登園する機会がありました。すると、その子の母親は、そそくさと娘の準備を自分1人で終えるなり、仕事に行ってしまいました。
何か大事なものが置き去りにされているような気がしました。
しばらくして、それは「相手の気持ち」であることに気がつきました。この親子は、相手がどう思っているのかを考えず、自分の都合で「相手にやってあげた」のでした。
「手伝うよりも、自分の手でやってしまった方が早い」。
時間に追われて育児をしていると、そんな場面が多くあります。しかし、親がやってしまうことが本当に子どものためになるのを、立ち止まって考える必要があります。
私たちは「してあげすぎる」ことで、子どもが自分本位になる芽を育てていないでしょうか?人と助け合おうとする心が育たなければ、相手のことを理解したり友情を深めることは決してできません。

【楽育】では、子どもの「共助力」を育むために2つのことを意識しています。
(1)相手の気持ちを第1に考え、敬意を持って接すること。
(2)子どもの意思を確認してから親が手を貸すこと。

私は子どもと接する時に、自分の気持ちを言葉で表現するようにしています。たとえば、子どもが汚い言葉づかいをしたときは「今言ったことは、人をバカにしているようで、嫌な気持ちになった」などと素直に伝えています。
そうすることで、何気ない言葉や動作が相手がどのように影響を与えるかを、子どもに学ばせます。
また、わが家では、相手にお願いがある時は、敬意をもつことを学ぶために、敬語で話すように求めています。
そして、私たち大人もまた、子どもに何かを頼む時には「○○を取ってください」「○○をしてください」など敬意をもって接します。

諸外国では「家事を子どもが手伝うのは、当然のこと」という意識が高いのに対して、日本の子どもは家の手伝いをしない家庭が多いそうです。
わが家では、掃除や食事の準備、草抜きなど家の仕事をする時に、できるだけ子どもと一緒にすることで、「共助力」の働きかけにしています。
それは大人が仕事を子どもにお願いするのではなく、この家に住んでいるならば、互いに助け合うのは当たり前であるという意識で行なっています。
一緒に何かをすると、自分から「○○をやって欲しい」と頼んだり「次は○○をやって」などと頼まれたりします。
すると、自然に相手が何をして欲しいか、自分に何ができるかをイメージできる「共助力」の芽が育ってきます。

ある時期に仕事が忙しくて、子どもと遊べない日が続きました。
すると、仕事部屋をノックして6歳の娘が私のところへやってきました。
そして、こう言いました。
「お手伝いできる仕事があったら、私に言ってね」。

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子どもの「好奇心」を育む働きかけ。

Filed Under (3-12.好奇心の種まき) by 秋月 秀一 on 10-03-2010

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第3章の12

枝の誘引を行うと、たくさんの花が咲く。

〜「好奇心の種まき」


枝を伸ばしたいと思う方向へ導き、理想の樹形にする作業を誘引といいます。誘引は主に植物が眠っている冬に行うもので、この作業の出来が春からの開花に影響を与えます。
つるバラは上に伸びた枝に花芽がつく性質が多いため、枝を横にすることで多くの節から花芽を伸ばせるようにします。
このように、人がちょっと手を加えることで、たくさんの花を楽しめるようになります。

「好奇心」はあらゆる知的活動の原動力です。学習、観察、調査、実験、研究など全ては興味を持つことから始まります。
《欲がない人間、好奇心のない人間に用はない》
こう語ったのは、革新的な製品を次々と生み出し、世界のSONYを築いた創業者の一人、盛田昭夫でした。
前向きに物事を考え、新しいことを探求する意欲がなければ、ビジネスを成功に導くことが困難であることを教えてくれています。
しかし、最近では「好奇心」を芽を、自らの殻に閉じこめたまま伸ばそうとしない子どもが珍しくありません。
娘の小学校では「面倒っちい」という言葉が流行しています。友だちから「一緒にやろう」と誘われても、「面倒っちい」の一言で敬遠してしまうのです。
適当に考えて怠けることを「倦怠(けんたい)」と言います。
親が子どもと関わるのを避けている家庭では、倦怠の芽が育ちます。

【楽育】では、親が子どもと関わって上手に誘引してやることで、子どもから「好奇心」の芽を伸ばします。また、親子が一緒になって「なんで?」という不思議を楽しむことが、大切な働きかけになります。

娘が1歳だった頃に、同じ年の子どもを持つ友だち夫妻と秋の公園へ行きました。散歩の途中で夫妻はベビーカーを押す手をとめて、道で松ぼっくりを拾いました。「松ぼっくりがあったとさ〜」と歌いながら、それを子どもに手渡しました。そして、ごつごつした感触を指で触って確かめさせたのです。
また、落ち葉や木の枝も手に取って、赤ちゃんに匂いをかがせてあげました。このとき、赤ちゃんは手と鼻で秋の気配を感じていたに違いありません。
風で葉っぱが鳴ると何の音かな?と赤ちゃんに語りかけ、拾った葉っぱを見せながら「かさかさかさ〜」と言ってみませした。
赤ちゃんは、茶色の葉っぱをじーと見つめて手を伸ばしてきました。握りしめると、葉っぱの形は崩れてしまいました。
池の水鳥を見た時は、親が鳥の鳴き声をマネて聞かせると、それを子どもがマネました。その親子は、見事なまでに自然の中に溶け込んでいました。彼らが子どもの「好奇心」を自然に誘引する様子はたいへん勉強になりました。
子どもが幼児期なると「なんで?なんで?」と大人に聞くことが増えてきます。私はできるだけ分かりやすく答えることを心がけ、さらに子どもの関心が深まるように「おまけ」をつけて返しました。
たとえば、動物の話題が出た時には「一番大きな動物は何か知ってる?実はクジラなんだよ」と、話題におまけをつけます。すると「なんで?くじらって動物なの?」と、子どもから新たな「好奇心」が芽生えるのです。

子どもが小学生になってからは、質問には簡単に答えずに、図鑑、辞書で一緒に調べて答えを見つけるようにしました。本当はインターネットで検索すれば早く済むのですが、自分で調べる意欲をつけるために、わざと回り道をします。
自分で調べる意欲は「好奇心」と深い関わりがあり、IT社会では必須です。検索エンジン大手の「Google(グーグル)」は、自社の目標を「人類のありとあらゆる情報を検索可能にすること」と掲げています。ネットは日々進化し、情報量は増大しています。
しかし、ネット有益な情報があっても、それを探し当てる意欲がその人になければ、自分の力にすることはできません。
IT社会では、検索する人の力量が問われます。
そして、次の両者には、雲泥の差が生じます。
(1)検索して関連ページを見つけ、分かったつもりになる人。
(2)検索結果をもと自分で考え、新たな検索をかけて多角的に情報収集ができる人。

子どもに知的好奇心が芽生えるようするには、どのような働きかけが有効でしょうか?
まずは、私たち親が物事を調べる姿をしっかり見せることで、子どもの興味を引きます。わが家では何か分からないことがあったら、親が「これ、調べてみよう」と声に出して宣言し、すぐに行動します。そして、調べて分かったことを子どもに教えてやります。
すると、子どもは大人のマネが大好きなので、自分で新しいことを調べて親に知らせるようになります。
また、子どもが何かに興味を持ったら、その話には十分に関心を持って耳を傾けます。「そうだったの!知らなかった。すごいね。初めて知った」などと共感を示し、親子で楽しみながら新しいことを学びます。

自分で答えを見つけることで「好奇心」は喜びになります。
人に認められることで「好奇心」は自信になります。
そして「好奇心」の種からは、新たな意欲である向上心が芽生えます。

神戸で「ポートピア」が開催された1981年、西武百貨店のキャッチコピーが世の中から注目を集めました。
《不思議、大好き。》

好奇心に目を輝かせる子どもの姿を見ていると
私たちも子どもの時間に戻って、不思議なことが好きになれそうな気がします。

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子どもの「忍耐力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-11.忍耐力の種まき) by 秋月 秀一 on 09-03-2010

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第3章の11

寒さに耐えた球根が、春に花を咲かせる。

〜「忍耐力の種まき」


春先にかわいい花を咲かせるチューリップは、私たちの気持ちをほっと和ませてくれるような温かさがあります。
チューリップの球根は秋に植え付けを行い、冬の寒さにあてることが必要です。乾燥させたままにして暖かい室内で管理していると、春になっての花の芽が出にくくなります。
厳しい寒さに耐えることで、チューリップの花芽は育まれるのです。

育児にも寒さにあてるような「厳しさ」が必要な場合があります。
娘が3歳の頃、公園に行った時のことです。友だちと一緒に石を拾って道路に投げて遊び始めました。人や車に当たると危険なので私が大声で叱ると、娘は泣き出しました。その様子を見たほかの子の母親たちは、自分の子どもを叱るどころか守るようにしながら「大丈夫?」と声をかけました。そして、私に向かって「すみませんでした」と頭を下げたのです。
子どもが相手の立場になって考えられる年頃になれば、理解できるように叱ることもできます。しかし、まだ自分と他人の関係がはっきりしない発育段階においては、理屈なしで社会性やマナーを身につけさせることも必要です。

現代の育児では「厳しさ」が敬遠され「ほめる」ことが重視されています。確かに子どもをしっかりほめることは大切です。しかし、同時に厳しさがなければ「忍耐力」を育てることはできません。

「忍耐力」は、我慢ができる力、自分の欲望を抑える力です。
戦後、物が不足していた時代は、誰もが我慢せざる得ませんでした。
一方、現代はモノが溢れており、自分が望むものを簡単に手に入れられます。かくして、「がまんの必要はない」という価値観を持つ人が多くなりました。
司法統計によれば、平成二〇年までの過去十年間の自己破産の申立件数は、172万人を超えています。支払い能力をよく考えずに安易にローンを組むことが、生活を破綻させているのです。
また、国と地方が抱える借金の総額は800兆円を突破して更に増え続けています。今後は少子高齢化、国際競争力低下という悪条の下で負債を返さねばなりません。モノに恵まれた時代が終わりを迎えた時、そこで生き抜くためには何が求められるでしょうか?

【楽育】では、子どもに我慢を覚えさせることで「忍耐力」の種まきをします。
「全て自分の思い通りになることはない。欲しいものを手に入れるには、時間と努力がいる」ことを、子どもが学べるように働きかけます。

現代ではテレビや雑誌、新聞のチラシなど、様々なメディアが広告を通じて消費意欲を刺激します。また、スーパーやコンビニへ買い物に行けば、必ず子どもの欲しがる商品が置いてあります。このような環境において、子どもに我慢を求めることは、相当な親の努力が必要です。
そこでわが家では、ルールを決めて欲しいものをすぐに与えないようにしています。
たとえば、アメは一日一個、日曜日は二個まで。お手伝いや何か良い行いをした日はカレンダーにポイントシールを貼り、一〇個貯まると百円のお菓子を買ってもらえる。高額なおもちゃは、誕生日、クリスマスに買ってもらえるなどの決めごとがあります。
運動会や発表会などで頑張った時の特別なご褒美は、子どもの欲しいものを与えるのではなく家族で食事に出かけて楽しみます。

子どもに忍耐を教えるためには、親の忍耐力を見せることも種まきになります。
たとえば、子どもがお店で「買って!」と駄々をこねて泣きわめくことがあります。そこで親が望みどうりにすれば、「大声を出して騒げば、思いどうりになる」という悪い芽が育ちます。
そんな時に私は、他人から注目を集めても平気な顔で子どもと向き合います。
まず、待つことや努力をすることで欲しいモノが手に入る条件を伝えます。
小額のものであればポイントシールが貯まってから、高価なものであれば誕生日やクリスマスプレゼントの候補にすることを勧めます。
そして、子どもが自ら「今日は我慢しよう」と心に決めるのを待ちます。
そこでは無理にその場から引き離すのではなく、子どもが自から諦めようとする気持ち生き出すことが大事なのです。
時には親子の我慢比べになり、他人の目が気になります。しかし、そこで大人が折れてしまっては、「忍耐力」を得るための機会を逃すことになります。

ただ欲しいモノを子どもに我慢させるだけでは、親への反感の芽を育てます。
「今は我慢するけれど、いつか良いことがある」という希望の種や「ほめられた」「我慢できた」という自信の種を同時にまく必要があるのです。

子どもが我慢できた時、私は寒さに耐えながら土の中でじっと春を待つチューリップの球根を想います。
そして、前向きな言葉をかけてやります。
「よく我慢ができたね。うれしいことがあるように、パパもお仕事がんばるよ」。

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子どもの「柔軟力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-10.柔軟力の種まき) by 秋月 秀一 on 08-03-2010

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第3章の10

コスモスは、強いしなやかさを持つ。

〜「柔軟力の種まき」


秋風に揺られて、見ている人を優しい気持ちにしてくれるコスモス。繊細で弱々しいイメージですが、意外にも雨風に強いたくましさを持っています。少しくらいの風が吹いても柔らかにしなり、めったな事では茎が折れません。
《柳に雪折れなし》という諺にあるように、弱々しく見える柔軟なものが、堅いものよりかえって強いものです。

「柔軟力」は、物事に対して広い視野で臨機応変に対応する力です。
IT社会において激しい環境の変化、めまぐるしい状況の変化に対応するには、柔軟な姿勢が求められます。
たとえば、モーグルスキーの選手がコブ斜面を滑り降りる時、斜面に挑むというよりは、まるでコブを包み込むような柔かさで流れに乗ります。
もし、あのスピードで柔軟さがなければ、一度にバランスを失ってはね飛ばされているでしょう。
雪上で予期せぬ状況に対応するには体が柔軟であるとともに、心も柔軟であることが必要条件です。

学校の帰りに近所の子どもが泣いていました。友だちから何か嫌なことを言われている様子でした。私が近づくと、ほかの子たちはさっと離れていきました。どうやら家に帰りたくない子が、その子を無理に引き止めていたようでした。塾の日は母親から早く帰るように言われていたので、どうしてよいのか分からずに泣いていたのでした。
普段のその子は、積極的で起用に物事をこなすタイプの印象でした。しかし、時には情緒が不安定に思えることがありました。笑っていたと思えば急に怒り出したり、いつも元気で運動が得意なのに、些細な事で泣き出したり。そんな姿を見るたびに「めいっぱい頑張り過ぎていると、いつか心が折れてしまうよ」と思っていました。
一緒に歩いているとその子の気持ちが落ち着いてきたので、いつか一緒に遊んだドッチボールの話題で、私は言いたいことを伝えました。
「いつもきまって相手が投げたボールを受けることはないんだよ。時にはよけないとしんどいよね。こんな時は『明日はプールの日だね?』とか『今日は宿題が大変だね?』とか適当に話をふって、相手がちょっと考える間に「じゃあね!」と言って、さっと別れたらいいんだよ」。

その昔、《男は外に出れば7人の敵がいる》と言われましたが、女性が社会進出を果たした現在では、男女を問わず言えることなのかも知れません。
どんなに強い人でも攻撃を受け続ければ、やがて体力も気力も尽きてしまいます。《柔よく剛を制す。剛よく柔を断つ》と言われるように、様々な状況に臨機応変に対応できることが、自分の身を守ります。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」によると、うつ病患者は全国で92・4万人と6年間で2倍以上に増加しています。また製薬会社ファイザーの調査によると12歳以上のおよそ8人に1人にうつ病、うつ状態にあるとされています。
うつ病になりやすい人の特徴は、真面目、几帳面、責任感が強い人だといいます。
「真面目にしなさい」「きちんとしなさい」「最後までやりなさい」。そんな親の言葉どおりに、よい子に育てられた人は「柔軟力」の芽が伸びず、完璧主義の芽が出ることがあります。そして、完璧にこだわり過ぎると、スピード社会の波に乗ることができません。

ある日突然に心が折れてしまわないように、子どもたちのために何ができるでしょうか。
【楽育】では、心に「あそび」を持たせてやることが大切であると考えています。
車のハンドルには、急な操作による事故を防ぐために「あそび」があります。ほんの少しだけゆとりをもたせることで、操作に柔軟に対応できるように設計されているのです。
心に「あそび」を持たせることは、常に子どもに完璧を求めないということです。
時には子どもの不真面目さを容認してやることが、心に「あそび」を育みます。

わが家で実践していることは、時には子どもの「おふざけ」に付き合うこと。そして、結果だけにこだわらない「ゆるさ」を持つことです。
人を傷つけない、礼儀を重んじる、時間を守るなど、やるべき時にやるべきことをやれば、あとは自由に楽しむことを容認しています。
また、くだらないと思える子どもの話でも、親は興味を持って耳を傾けます。もしも私が「馬鹿馬鹿しい」と言ってしまえば、次第に子どもは親の前で気軽に話すことができなくなってしまうでしょう。
子どもは親にくだらない話を聞いてもらうことで、安心感を得ています。
その安心感が、心にゆとりをもたらすのです。

おふざけをしたり、ばかげたことを口にできる子は、いつも真面目なふるまいを求められる子どもよりも、心にゆとりを持っています。
たとえば、クラスの子から理由もなく「バカ」と言われたとき、心にゆとりのある子は
「なんで?」と相手に聞き返します。
しかし、心にゆとりがない子は、その場でうつむいて固まってしまいます。

「まあまあ、そこそこに、ほどほどに、まずまずと、ぼちぼち、それなりに」。
私は日々の暮らしの中でそんな言葉かけの種をまいています。
いつかそれらが「柔軟力」として開花し、
コスモスのように「優しくしなやかな心」を持つ人に育つように。

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子どもの「精神力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-9.精神力の種まき) by 秋月 秀一 on 04-03-2010

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第3章の9

芽を出すときの力は、想像を超える。

〜「精神力の種まき」


植物は芽を出す時にすさまじい力を発揮します。数年前に兵庫県相生市の道路わきでアスファルトを破って出てきた「ど根性大根」は、全国で話題になりました。その後も各地で相次いで「ど根性野菜」が発見されました。
わが家でも、石を動かして伸びる「ど根性球根」や、砂利の隙間から芽を出す「ど根性ノースポール」を見つけました。
きっと真っ暗な土の中でかすかな太陽の光を感じて、あらん限り力で芽を伸ばし、壁を打ち破ったのでしょう。

人生には自ら打ち破らねばならない壁が、何度も立ちはだかります。
いじめ、受験、就職、失恋、失敗、敗北、裏切り、病気、事故、別れ。
そんな時、絶望感に負けず、壁を打ち破るために力の源となるのが「精神力」です。
「精神力」とは、心を支える気力のことです。
スポーツの世界では、「精神力」がトレーニングによって肉体とともに鍛えられるとされています。また、様々な体験を積むことや失敗することで「精神力」は身につくとも言われます。
しかし、時には並大抵の精神力では乗り切れない壁が現れることもあります。

平成20年度の自殺者は3万2249人でした。11年連続で3万人を超える深刻な状況が続く中、10代〜30代の自殺者は増加傾向にあります。
自殺理由の内訳では、健康問題が1万5153人と最も多く、経済・生活問題7404人、家庭問題3912人と続きます。
現代社会では、多くの人々が生きていこうとする力を失いかけています。
真っ暗な心の闇の中に、生きるか死ぬかの選択が浮かんだ時、最後の支えとなるかすかな光。それこそが「愛」であると思います。
植物の「生きる力」を育むのに太陽の光が必要なように、逆境に負けない強い精神力を身につけるために、親の愛情は不可欠です。

【楽育】では、親が子どもに愛情を実感させることが、大切であると考えています。
子どもはいつも、親の愛情を求めています。それに応えるためには、私たち親が子どもに対してしっかりとメッセージを送る必要があります。ほめる時はもちろん、叱る時も、突き放す時でさえ「そこに愛情があるか?」を自らの心に問いかけます。

例えば、子どもが何か悪いことをした時「悪い子だな、いいかげんいしろ!」と言えば簡単に済みます。しかし、愛情を込めて叱る時には、子どもの全てを否定することなく、その行為だけを正します。
なぜそれが悪いのか、人がどういう気持ちになるのかを子どもが理解できるまで話して聞かせます。大声で叱ることも、子どもに分かりやすい言葉を探して伝えることも、大きなエネルギーが必要です。
しかし、そのエネルギーこそが「愛情を込める」ことなのです。

小学一年生の六月、娘が初めてジャズダンスの発表会に出た時のことです。娘は出場メンバーの中で最も練習の経験がありませんでした。そこで、皆の迷惑にならないように、数カ月前から両親でダンス教室に付添いました。そこで練習のステップをメモしておき、家では毎日一緒に練習しました。
集中力が続かずに、ぼんやりしている時や、だるそうに踊っている時には、容赦なく娘を叱り、奮起させました。
時には厳し過ぎると思うこともありましたが、努力して成し遂げる事の素晴らしさを知って欲しいと願い、真剣勝負のつもりでバックアップしました。

こうして発表会の日を迎え、娘はステージに立ちました。技術は未熟ですが、心からダンスを楽しむ躍動感は観客席にも伝わってきました。
家に帰って「よくがんばったね」とほめてやると、娘から予想もしない言葉が返ってきました。
「パパが厳しく言ってくれたから、上手にできたよ。ありがとう」。
私は驚きとともに胸が熱くなりました。小さな娘が私を理解してくれていたのです。

「誰かが自分を理解してくれている、大切に思ってくれている」と感じる心の安定こそが「精神力」となり、生きる力の源となる。
この日、そのことを子どもから教えてもらいました。

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子どもの「適応力」を育む働きかけ。

Filed Under (3-8.適応力の種まき) by 秋月 秀一 on 03-03-2010

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第3章の8

広い鉢に植え替えると、大きく育つ。

〜「適応力の種まき」


植物を植える鉢には、適切な大きさがあります。
苗の大きさに対して鉢が大き過ぎると、水を吸い上げることができません。すると加湿の状態になって、根が腐りやすくなります。また、鉢が小さ過ぎる場合は、中で根が詰まって成長が止まります。
鉢底から根が飛び出し、詰まってきたら一まわり大きな鉢に植え替える時期です。
けれども、小さな鉢から極端に大きな鉢へ植え替えを行うと、根の張り方がルーズになります。現在の鉢から一まわりだけ大きくすることで、鉢の外周に添うように根が張り、鉢の大きさに適応して育つのです。

昔から「子どもはすぐ馴染む」と言われるように、子どもには周囲の環境に適応する能力があります。
しかし、最近では「適応力」に欠ける子どもが増えています。
授業中に教室を自由に歩き回ったり、先生を無視して勝手にふるまう行為は、もはや日常の光景になりました。
実は、自分の娘が小学校に入学して現状を目にするまで「学級崩壊」は、反抗心の育った高学年で起こるものだとばかり思っていました。しかし、実際には新一年生の一学期から様々な問題が発生しています。私は教室で「小一プロブレム」を目の当たりにして、その現実に驚かされました。
学校が嫌で登校できない子、人から何を言われても無反応な子、突然に大声を出して他の子に危害を加える子、学校を勝手に抜け出して家に帰ろうとする子など、学校に適応しない光景が日常化しています。

厚生労働省の「労働経済の分析」によると、就職後3年以内に離職した者の割合が高校卒で49・5%、大学卒で36・6%となっており、近年は大卒の離職率が高まる傾向にあります。
これによって、企業は採用や社員教育にかかるコストの増加、事業効率の悪化、企業イメージの低下など深刻な影響を受けています。早期離職の主な理由として、人間関係のストレス、仕事へのプレッシャーなど、会社への「適応力」が不足していることが問題になっています。
「適応力」とは、環境や状況に合わせて自らを変えていく能力です。

《世の中で生き残る生物は最も強いものではなく、最も知性の高いものでもなく、最も変化に対応できるものである》。
これは進化論を唱えたダーウィンの言葉です。
変化に対応できない企業は淘汰されるものとして、多くの経営者がこの言葉を引用し、経営革新を図っています。
現代ではインターネットのコミュニティで、不特定多数のプログラマーが共同で「オープンソース」という無償プログラムの開発を行なっています。そして、魅力的なソフトウエアが次々と生み出されています。今後はプログラムだけでなく、会社の様々な業務がオンラインでの共同作業となります。出会ったこともない人と意見を交換し、円滑にコラボレーションを進めるために、ここでも「適応力」が求められます。

【楽育】では、「適応力」の種まきとして、子どもの世界を広げて新鮮な体験させることが大切であると考えています。
娘が6歳の夏のことです。保育園で毎日同じ友だちと同じ遊びを繰り返していることに気がつきました。
好きな子と好きなことをして遊ぶ様子は、一見すると安定しているように思えます。
けれども、私は違っていました。娘にとって多様な価値観に出会い、新しい体験をさせることの必要性を感じたのです。
小さな鉢に根が詰まり、一まわり大きな鉢に植え替える時が来たのです。

そこで、卒園まであと半年という時期に、遠くの幼稚園に転園させることにしました。
私は新しい出会いの中で、様々な価値観に触れることや、人から教えられることを学ばせたいと思いました。一方で、新しい環境にうまく適応できるのか、期待と不安が入り交じった心境でもありました。

新しい園に入るとすぐに様々な問題が起きました。娘は友だちのグループに入れてもらえなかったり、幼稚園のルールが分からずに戸惑っていました。
けれども、それらがよい経験になりました。次第に新しい友だちを作り、幼稚園のルールを学んでいきました。
私が期待したとおり、新しい環境を体験したおかげで、娘の世界は大きく広がりました。

娘が小学校に入学してからは、機会をみつけては体験イベントに参加しています。体験イベントとは、アートや工作、科学の実験、自然観察、スポーツなどが体験できるイベントです。
そこでは、親はできるだけ見守る役に徹しています。すると必然的に、周りの人たちに質問したり、自分から助けを求めて「適応力」を発揮する機会が生まれます。
イベントの後で「今日は、知らない子と仲良しになれた!」と娘が喜ぶ顔を見ると、
昨日までは蕾だった花が開いたようで、私まで嬉しくなります。

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