10歳までの楽育〜第4章の11

手をかけすぎると、不自然になる。

〜子どもに考えさせる習慣


樹木の枝を美しく整えたり、陽当たりや風通しをよくするために行なう作業が剪定です。
剪定を行なう際には、仕上がりをよく考えてイメージしておくことが大事です。私の場合は形を整えてやるつもりが、ついでに刈り込みすぎてしまいます。その結果、樹形が直線的で不自然になってしまい「やりすぎた」と後悔します。

育児では、無意識のうちに親が子どもに手をかけ過ぎることがあります。子どもの世話役のようになることも珍しくありません。
たとえば、わが家では何か探し物をする時、娘が「ママー!」と大声で呼びます。すると母親がやって来て「どうしたの?」と一緒に探し物を手伝います。なかなか見つからないと、そのうち娘がほかの遊びを始めます。
結局は母親が一人で探すようになってしまいます。

幼稚園へ通園する前には、子どもが自分でかばん、帽子、ハンカチとティッシュなどを用意しなければなりません。しかし、出発の時間が迫ると、母親が慌てて準備を整えていました。急がないと登園が遅れるので、親がやった方が早いのです。
けれども、これが習慣になると、子どもは母親が準備してくれることを期待して、遊んで過ごすようになります。

【楽育】は、子どもが自分にできることを少しづつ増やしてやることで自立を促します。同時に、子どもが自分で考える習慣を育みます。

私が子どもの探し物を手伝う時は、最初に自分で探してみたところを聞くようにしています。次に「○○は探してみた?」とヒントを与えます。それでも見つからない時は一緒に探しながら「最後に使ったときの様子を思い出してみて」「いつも置いておく場所になぜないのかな?」など様々な質問をします。
朝の用意が出来ない時は「もう、幼稚園にいく準備はできたかな?」と声をかけ、何を準備すべきなのかを子どもに思い出させます。
また「遅れたらどうなるのかな?」「遅れないためには、どうしたらいいのかな?」と聞いてみます。
質問することで、今自分が何をすべきか、過去にどうするべきだったのかを子どもに考えさせるためです。

最近は感覚的に言動する子どもが増えているように思います。
たとえば「ウザい」「キモい」「ムカツク」など、相手を一言で拒絶するような言葉を、近所の子供たちがよく使っています。私が「どうして、そう思うのかな?」と聞いてみると「ウザいから、ウザい」「特に意味なんかねーし」と言います。子供たちは「考える」ことについて拒絶感を持っているようでした。
いま人口知能(AI)の開発が注目を集めています。現在のコンピュータは、まずデータベースを作成し、それを基に人が答えを得るのが基本です。一方で人口知能は、ある事実や知識をもとに新しい結論を導き出す「推論」と「学習」を行なうことができるようになります。
現在、人間がパソコンで行なっている業務の多くは、やがて人の手を必要としなくなる可能性があります。
それは、産業化社会において工場から人が消えていった理由と同じです。人の手を省いて機械にできるようにすることが「効率化」になるからです。
未来の職場には2種類の人がいるかも知れません。
自ら考えてコンピュータを使う人と、コンピュータから指示されて使われる人です。
自分で考ることが出来ない人は、後者になる他はありません。

わが家では子どもと一緒に何かを考えてみようと思った時に、よく付箋を使います。
付箋に考えたことを書き出していき、1枚の用紙の上に分類してまとめることを、子どもの前でやって見せます。
娘が小学校に入って半年が経った頃のことです。皆がクラスの雰囲気に慣れると同時に、
授業中の問題が多くなってきたという話を娘から聞きました。
そこで「勝手に話をする」「椅子の上に立つ」「先生の声が聞こえない」「みんなの休み時間がなくなる」など問題になっていることを娘が付箋に書きました。
項目が書かれた十数枚の付箋を、私と娘で3つのグループに分けてタイトルを付けました。各グループには「みんなの迷惑になること」「先生の迷惑になること」「危ないこと」のタイトルがつきました。
そして、3つのグループから1つの結論を考えました。娘が口にした結論は「授業中は、人のじゃまになることをしてはいけない」でした。

子どもに何かを考えさせる時に大切なことは、親が決して焦らないことです。時間に追われていては、決して相手に真意は伝わりません。
忙しい日常の中で「答えを早く教えたい」と思う気持ちはよく分かります。しかし、近道を急ぐよりも、日々の生活の中で時間をかけて考えさせる習慣をつける方が、長期的には子どもためになります。

天才と言われる人は、いつも考える習慣を持っていました。
万有引力を発見したイギリスのニュートンは、
数学や物理学の分野で数々の発見をした秘訣について、次ように語ったと言われます。
《いつもその問題を考え続けていたからです》。



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