10歳までの楽育〜第4章の9

芽が出るのが遅くても、自然に咲きそろう。

〜「子どもを比較しない習慣」


春が近づくと、秋に植えたチューリップの球根が芽を出し始めます。
早く芽を出す球根もあれば、ゆっくり土から顔を出す球根もあります。後から芽を出した球根のことを最初は心配していましたが、途中からの成長ぶりは素晴らしいものでした。ずっと力を蓄えていたかのように茎を伸ばして追いつき、きれいに咲き揃いました。
まるで《並んだ並んだ赤白黄色、どの花見てもきれいだな》という歌詞のとおりでした。

わが家に子どもが誕生することが分かると、期待と同時に不安が両親の頭をよぎりました。「無事に産まれるだろうか?」「元気な赤ちゃんだろうか?」と心配しました。
しかし《案ずるより産むが易し》の諺のとおり、取り越し苦労でした。

無事に子どもが生まれた後も、心配の種は尽きませんでした。
娘が誕生したばかりの頃のことです。赤ちゃんがいつも夜中に寝つけず、苦しそうな表情をしていました。私たちは寝ていても心配で仕方がなく、何かの病気ではないかと悩みました。そこで、市の保健師さんを家に招いて話を聞きました。すると「きっと暑さのせいでしょう。赤ちゃんは大人よりも体温が高いですからね」と言われ、ほっとしました。
原因がわかれば「な〜んだ」と思うことですが、解決の糸口が見つかるまでは不安でなりませんでした。

育児の不安は、他人の子どもを意識することでも大いに感じられます。
「人の子と、自分の子は違う」と理屈では分かっていても、いつの間にか比べてしまいます。「一億総中流」の時代に育った私たちにとって「人並み」という意識は、簡単に捨てられないものかも知れません。
わが家でも、他人の子どもの成長が大いに気になりました。「○○ちゃんは、もうハイハイできたって」「○○くんは、おむつが取れたって」。そんな話を聞く度に「うちの子は人よりも遅れているのでは?」と焦りました。
しかし、できるようになってみれば、みんな同じでした。できた時点で振り返ってみれば、早いことに特別な意味はなかったのです。

幼児期になると、子どもたちは「できる・できない」という能力の自己主張を行なうようになります。
私が幼稚園で顔見知りになった子どもたちは、自分ができることを大人に伝えようと一生懸命でした。「プールで顔つけができるようになった」「自転車に乗れた」「逆上がりができた」「カタカナが書ける」など「聞いて、聞いて」とひたむきにアピールします。
「すごいね」「がんばったね」と声をかけると子どもたちは、満足気な表情を見せます。その時、横で話を聞いている我が子の表情は複雑です。私としてはほかの子と比較しているつもりはないのですが、本人にとっては、きっと嫌な気持ちに違いありません。
こんな時、私は自分のこどもの得意なことをほめることで、バランスを取るようにしています。そして「練習したら、自分もできるようになるよ」と付け加えることで、やればできるというメッセージを送ります。

幼稚園の母親の中には、自分の子どもの前で「うちの子はまだ、できないのよ」「うちの子にはちょっと無理かな」と否定的な言葉を口にする親がいました。
本人にしてみれば、子どものやる気を引き出そうという意図もあるでしょうが、それは全くの逆効果でした。子どもは自信を失い、プライドを枯らします。

【楽育】では、人と比較することで競争を煽るのではなく、子どもの心に自然に芽生える競争心を理想の方向へ導くことで、よい枝を伸ばします。
ほかの子どもをほめる時は、我が子の「自分もできるようになりたい」という向上心の芽を伸ばすチャンスにもなります。
「今度、一緒にやってみる?」という親からの働きかけで、挑戦のきっかけを作ることができるのです。

娘の友だちで4歳からプールに通っている子がいました。その子は小学校に入学して初めてのプールで、見事な泳ぎを披露して皆から注目を浴びました。一方で私の娘は水に顔をつけられず、夏休みに特別補習を受けていました。
「友だちのように自分も頑張りたい」という娘の気持ちを知り、私は力を貸すことにしました。まず、図書館で水泳の本やDVDを借りて親子で勉強して、プールに通うことにしました。
実を言うとクロールで泳げない私が、40歳を過ぎて水泳の勉強をすることになるとは、夢にも思いませんでした。
知人からは、「水泳教室に入れて、プロのコーチから学んだ方が上達が早いのでは?」と言われました。

中国の言い伝えに次のような言葉があります。
《ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。 魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える。》

私が娘に教えたかったのは、水泳の技術ではありません。
それは、自らが考え、試し、一歩づつ努力をすることでした。

私たちは、子どもを
「早い、遅い」「できる、できない」でよく比較します。
しかし、早くできることが必ずしも成功につながるわけではありません。
他人を気にして先を急ぐことなく、あるがままを受け入れ
子どもと共にゆっくり歩むことこそ
愛すべき習慣ではないでしょうか。



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