10歳までの楽育〜第4章の7

葉が傷んだ時は、そこだけを取り除く。

〜「子どもと理解し合う習慣」


ガーデニングの手入れの一つに、傷んだ葉を取り除く作業があります。葉が傷む理由は、水のやりすぎ、肥料不足、肥料の与えすぎ、病気など様々です。痛んだ葉を見つけたら、その部分を早めに取り除きます。
しかし、葉の一部が傷んでいるのを見ただけで、根こそぎ引き抜いてしまう人がいます。葉の変色や傷みは、部分的な問題であることがほとんどです。植物は傷んだところだけを取り除けば、多くの場合は新芽を出す力を秘めています。

育児においても、子どもの些細な問題に対して親が過剰に反応するケースがあります。
本当の気持ちを理解することなく、行動だけを見て非難してしまうのです。

娘が保育園に通っていた時のことです。月曜日の朝に通園してきた子どもは、母親から離れるのが寂しくて、よく問題を起こしていました。通園バッグや帽子を投げ出したり、だらだらして親の手を煩わせました。すると、通勤時間が気になって焦る親からは、子どもの気持ちを無視した言葉が飛び出します。
「どうしてそうなの!もう知らない!」。「ダメな子ね。もう一人で行きなさい」。
はたから見ていると、母親は悪いことをした子どもを叱るというよりも、一人で怒っているように思えます。

子どもを「叱る」ことと「怒る」ことは違います。
子どもを「叱る」ということは、間違いを正すために親の強い気持ちを伝えることです。一方で「怒る」ことは、親の勝手な理由で子どもに感情をぶつけることです。
「叱る」ことには、親から子への愛情を感じますが「怒る」ことは、キレる意味合いに近く愛が感じられません。
保育園で親と離れられない子どもは、寂しくてやり切れない気持ちをどうすることもできずにいます。また、その気持ちを表現してはいけない理由が、子どもには分かりません。
こんな時は、大人が子どもの気持ちを先に受け入れてやるべきです。そして、自分も寂しいという愛情を子どもに伝えてあげて欲しいと思います。
悪い行いを正すのは、それからでも遅くはありません。
子どもを叱る時は、悪い行為だけを正します。自分にもっとも近い存在である親から、全部が「ダメ」と言われたら、子どもはどれほどつらいでしょう。
その時に、こう思うかも知れません。「自分がダメだから、お母さんは自分を置いてどこかへ行ってしまった」と。

【楽育】では、幼児期にその後の成長を力強く支える根となる「心」を育てます。
親の愛情は、植物にとっての太陽の光と同じです。
それがなければ、健全に「心」は育たず、やがて枯れてしまいます。
子どもを叱る時には「何を伝えれば、子どものためになるのか」また、「どのように伝えれば、子どもに理解できるか」について考えます。
そして、愛情を持って子どもに自分の価値観を伝え、叱る時も親子の信頼関係を育むことを習慣にします。
子どもが過ちを犯した時は、親が頭ごなしに叱れば、相手は萎縮するばかりです。
次のように、相手の気持ちを考えて安心させ、自分で反省する方向に導きます。
(1)親が子どもの気持ちを理解して愛情を伝える。
(2)何が悪かったのかを子どもに理解させる。
(3)どうすればいいのかを子どもに考えさせる。

たとえば、コップの水をこぼした時は「だから、気をつけなさいと言っているでしょう」というのではなく「水がこぼれて、服と床が汚れたね」と問題を客観的に理解させます。
子どもは一度に多くのことを考えることができません。ここで親が怒ると「怒られた」ということだけが子どもの心を支配し、ほかは何も受け入れられません。
こんな時は、「びっくりしたね」と子どもの気持ちに共感することで、子どもは「うん」とうなずき、親の言葉を受け入れる準備が整います。
そして「どうして、こぼれたのかな?」「次は気をつけようね」「服は私が洗うから、床ふきは一緒に手伝ってね」と声をかけてやれば、子どもは自分を責めずに済みます。
同時に親が子どものことを大事に思う気持ちが伝わります。

スティーブン・R・コヴィー著の『7つの習慣』は、1996年に出版され、全世界で1500万部以上のベストセラーとりました。
その第5の習慣では、次のように語られています。
《人間関係について私が今まで学んだ最も大切な教訓を要約すれば、それは「まず相手を理解するように努め、その後で、自分を理解してもらうようにしなさい」ということである。》

私たちはいつも、子どもに理解させることばかりを
考えていないでしょうか?



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