10歳までの楽育〜第4章の2

水を与えるときは、たっぷりが基本。

〜「子どもと毎日を楽しむ習慣」

植物にとって水は、欠かすことのできない大切なものです。園芸の本にはよく「土の表面が乾いたら、鉢の底から流れ出すくらいたっぷりとあげましょう」と書いてあります。
たっぷり水を与えることは、水分を十分に補給する意味だけでなく、植物にとって不要な老廃物やガスを外に出して新鮮な空気を土の中にとり入れる役割もあります。

育児には優しさと厳しさの両方が必要です。厳しいしつけは、育児の中で避けて通れないものです。しかし、厳しいだけでは子どもが萎縮して、成長にマイナスとなり得ます。
子どもにとって厳しさよりも大切なことは、何かを楽しむ「喜び」ではないでしょうか?

【楽育】では、毎日植物に水やりをするように、子どもには「喜び」を与えて成長を支えることを習慣にします。
一般に「喜び」という言葉からイメージするのは、子どもを褒めることです。
「よくできたね」と子どもを褒めると、素直に喜びます。しかし、それは何かが出来たときの代償としての喜びに過ぎません。
子供たちにもっと必要なのは、暮らしを楽しむための喜びや、思いがけない喜び「サプライズ」なのです。

私は日々の暮らしの中で、子どもへ贈る小さな喜び「プチ・サプライズ」をいつも心がけるようにしています。
娘がトイレトレーニングをはじめた時のことです。水が流れる音が怖いことから、なかなかトイレに近づこうとしませんでした。そこで、私はトイレに何か楽しい仕掛けを考えることにしました。最初は明るい雰囲気にしようと、子どもの好きなキャラクターのポスターを貼ってみました。しかし、全く効果はありませんでした。
次に思いついたのは、トイレにやってきてプレゼントを置いて行く「季節外れのサンタクロース」でした。一個数十円のおもちゃを買って、時々トイレの隅に置いておきます。すると、娘が思いがけず宝物を見つけたように喜びました。自分が思ってもみないことが起こった驚きが心をときめかせたようです。
それからは、娘にとってトイレは怖い場所ではなく、何か楽しいことが起こりそうな場所に変わりました。子どもは不思議な事が大好きなのです。
家に帰るとポストを確かめるように、トイレを確認する日もありました。

けれども、困ったことになりました。娘のがあまりにも喜んで期待するもので、私たちは「トイレのサンタクロース」を止められなくなってしまったのです。
ある日、電線で一羽の鳩が「ホッホ、ホホホホー」と鳴いていました。家でその声を聞いた娘は「サンタさんの笑い声に似てる!きっと、あれは、トイレサンタよ!」と大声で言いました。
その想像力に感心した私は「よい子には、クリスマスでなくてもサンタクロースが来てくれるんだよ」というお話を作りました。
こうしてわが家では、親がおもちゃを買い与えるのではなく、いい子でいればトイレに小さな贈り物が届くということになりました。

昨年のクリスマス、わが家には3人のサンタクロースがやって来ました。一人目は普通のサンタクロース。2人目はダンスを始めた子にやって来る「ダンシングサンタ」。そして、3人目はトイレにやって来る「トイレサンタ」です。3つのプレゼントは、1つ分の予算を3つにしたものですが、ラッピングを工夫してメッセージを添えた手紙を付けて、子供部屋、ツリーの下、トイレの3箇所に配置しておきました。

翌朝、娘はプレゼントは1つだけと思っていたので、2つ目を見つけた時は驚いて目を見張り、3つ目を見つけた時は飛び上がって喜びました。
3人のサンタから届くメッセージには「よい子でいたこと」「ダンスの練習を頑張っていること」「よくお手伝いをしていること」などを褒めました。
1年分の良いところを、たっぷり喜びに変えたのです。
この日ばかりは「いい子には、良いことがあるよ」という、親の口癖を娘は実感していたようでした。

あらゆるサービスの原点は、顧客に喜びを与えることにあります。
思ってもみないサプライズで顧客の心を掴み、自社のファンにできる企業は最高の競争力を持っています。
それはIT社会においても同じです。むしろ、人の顔が見えないオンラインでは、いかに顧客からの支持を集めるかが重要になります。

エンターテイメントの巨匠、ウォルト・ディズニーは、こう言いました。
《与えることは最高の喜びなのだ。他人に喜びを運ぶ人は、
それによって自分自身の喜びと満足をえる》

喜びを与えられずに育った人が、人に喜びを与えることはできません。
仕事においても、恋愛においても、家庭においても
自ら喜びを生み出せる人が、幸せを手にできるのです。



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